美術の道やクリエイターの道を進んでいると「なぜうまく描けないのだろう」「なぜ売れないのだろう」と思うことがあります。
しかし、ただ描くことさえも許されなかった時代があったのです。
この記事では、自分の好きな道を歩める幸せと、描くことが許される時代に生まれたありがたさに気がつく場所、無言館について紹介いたします。
無言館とは?
無言館とは、長野県上田市にある美術館です。
無言館には、戦争でこの世を去った画学生の作品が展示されています。
戦没画学生慰霊美術館です。
館内は、十字型で照明は暗く、作品にスポットライトが当てられ、浮かび上がるように展示されています。
無言館は1997年に開館しました。
戦没画学生97名の作品と650点の遺品が収蔵・展示されています。
展示されている作品には、それぞれ作者のプロフィールと享年が書かれています。
現在の東京芸術大学(東京美術学校)や武蔵野美術大学(帝国美術学校)を繰り上げ卒業させられて戦地へ向かい、20代後半から30代という若さでこの世を去った若者たちの作品があります。
無言館の名前の由来は、当初は「画学生の作品自体は無言だが、作品は饒舌に語りかけてくる」という意味でした。
しかし、現在は「絵の前に立った人たちが無言になる」という意味も持っているといわれています。
無言館の作品の中から
「霜子」中村萬平
「霜子」は、中村萬平氏が妻を描いた作品です。
中村萬平氏は、26歳で戦病死しています。
「霜子」に描かれている妻のお腹の中には、出征後に生まれる子どもが宿っています。
中村萬平氏が子どもと会う日はやってきませんでした。
妻も出産してまもなく病気でこの世を去っています。
現在、子どもは工業デザイナー中村暁介として活躍しています。
一枚の絵には、会うことがなかった父、物心がつく前にこの世を去った母がしっかりと存在しています。
「ノート」佐藤孝
佐藤孝氏は、現在の東京芸術大学を入学後8か月で繰り上げ卒業させられて戦地に行き、21歳で戦死しました。
佐藤孝氏の展示作品は、油絵とノートです。
ノートには「すべてを運命として受け入れる」「死はこわくない」「しかし、あまりに画作の少なさを残念に思う」「遺作展の計画については友人及び親族たちと協議すべし」そして最後に「遺書というほどのものはない」と書いています。
(「無言館の青春」窪島誠一郎著・講談社より引用)
美術の道を進んでいる人にとって、一番心に響く言葉は「画作の少なさを残念に思う」ではないでしょうか。
自分の意志だけではどうしようもない気持ちが痛いほど伝わる一言です。
「祖母なつの像」蜂谷清
蜂谷清氏の祖母の肖像画です。
自分を可愛がってくれた祖母の肖像画を出征する日の朝まで描き続けました。
「祖母の肖像画」としてみれば、写実的でうまい絵として鑑賞しますが「22歳戦死」という文字をみると、やはりさびしさを感じます。
無言館には、家族や恋人など画学生にとって大切な人を描いた作品が多く展示されています。
描いた本人は、感謝の気持ちを込めて描いたのかもしれません。
しかし、描かれる方はどのような気持ちで作者の前に立っていたのでしょうか。
無言館から感じるべきこととは?
無言館に展示されている作品自体から戦争の悲惨さを直接感じることはありません。
むしろ、現代の画学生と同じようにせっせと自分の作品作りに精を出している様子が伝わってくる作品ばかりです。
ただ、視線を下にやると享年や戦死という言葉が目に入り、作品の見方が変わります。
無言館の館主は、無言館を「戦争を思い出す場所」や「反戦の場所」で終わる場所にはしたくはないと言っています。
無言館に展示されている作品の作者の中には、戦地に赴くその瞬間まで絵筆を手にしていた人もいました。
ただ「この作品を完成させたい」「今はこの絵を描きたい」という思いだけで筆を握っていたのではないでしょうか。
時代という逆らえない波にのまれながらも、自分ができることを精一杯やって遺された作品は「戦争を思い出すためのもの」ではないはずです。
ひとつの作品としてみるべきなのだと思います。
無言館から感じるべきこととは、戦争の悲惨さやかわいそうな気持ちではなく「作品と作者が存在した事実」なのではないでしょうか。
限られた時間の中で描き切った作品を作品として鑑賞し、受け止めるからこそ鑑賞者は無言になるのです。
おわりに
佐藤孝氏の「画作の少なさを残念に思う」という一言の前では「うまく描けない」「作品が売れない」という悩みは、悩みではなくなります。
「好きな道を進む」「描きたいだけ描ける」ということは、現代では当たり前のようになっていますが、とても幸せなことです。
「美術・芸術の道とは何か」と悩んだとき、美術の道を進もうと決めたとき、ぜひ無言館に行ってみてはいかがでしょうか。
理屈ではない答えを感じることができるでしょう。
※休業日や営業時間、その他の掲載情報については変更の可能性があります。日々状況が変化しておりますので、最新の情報については施設・店舗へお問い合わせください。
アクセス
美術館名 | 戦没画学生慰霊美術館 無言館 |
住所 | 長野県上田市古安曽字山王山3462 |
電話番号 | 0268-37-1650 |
ホームページ | https://mugonkan.jp/ |