芸術家のかげに女性アリ! 支えた女性・去った女性

芸術家のかげには、必ずといっていいほど影響を与えた女性がいます。

「彼女あっての成功」という支えた女性もいれば、芸術家ならではの個性の強さに耐えられず去って行った女性もいます。

今回は、芸術家に影響を与えた女性にスポットをあててお話ししましょう。

ひたすら支えた女性「アリーヌ・シャリゴ」ルノワールの妻

ルノワールの妻アリーヌは、絵のモデルでした。

ルノワールの作品にもしばしば登場しています。

現代のモデルとは程遠く、ふっくらとした体に優しくやわらかな表情が魅力の女性です。

アリーヌはルノワールの子どもを3人産みます。

「授乳する母親」のモデルはアリーヌと子どもです。オレンジ色のあたたかな画面からは幸せがあふれています。

ルノワールよりも18歳下のアリーヌは、ルノワールがリウマチに苦しんでいるときにも絵が描けるように支え続けました。

アリーヌ自身が病気になっているにもかかわらず、ルノワールには内緒で支え続けます。

アリーヌは54歳という若さでこの世を去りますが、ルノワールのアリーヌに対する思いは変わらず、その4年後にはルノワールもこの世を去りました。

アリーヌが亡くなったとき、ルノワールは「ばら」という作品を描いています

。ルノワールらしい豪華で華やかな作品ですが、悲しみの中で泣きながら描いた作品です。

ルノワールの作品は晩年になればなるほどやわらかく優しい印象の作品が増えています。

アリーヌの愛がルノワールの作品にあたたかみを与えたのかもしれません。

ピカソをふった女性「フランソワーズ・ジロー」ピカソの愛人

ピカソと女性は切っても切れない関係です。

ピカソの人生には、たくさんの女性が登場します。

ほとんどの女性はピカソの才能を愛し、妻や愛人などかたちは違ってもピカソのそばを離れようとはしませんでした。

しかしフランソワーズ・ジローだけは違いました。

フランソワーズは、ピカソが63歳ごろに出会った女性です。

フランソワーズは、まだ21歳の芸術を専攻する学生でした。

ピカソにはオルガという妻がいたため、フランソワーズは愛人になります。

ピカソには、妻以外に6人ほどの愛人がいたといわれています。

フランソワーズとの間には2人の子どもをもうけますが、ピカソが72歳のときにフランソワーズは子どもと一緒に去っていきます。

ピカソはゴッホとは違い、生きているときから名前も作品も売れていました。

名も財もあるピカソのもとから自ら去った女性はフランソワーズただ一人です。

ピカソは、去っていくフランソワーズに向かって「画家として生きられると思うなよ」「私ほど有名な金持ちから去っていくのか」と叫んだとも言われています。

ピカソの女性に対する言動に賛否はありますが、フランソワーズがピカソのその後の人生に与えた影響は大きかったのではないでしょうか。

ピカソと別れた後のフランソワーズは、芸術家として成功します。

現在ティファニーのデザイナーとして活躍しているパロマ・ピカソはピカソとフランソワーズの長女です。

ピカソはフランソワーズに振られたショックから南フランスに転居しますが、そこで最後の妻となる女性と出会います。

ゴッホの作品を守った女性「ヨハンナ・ファン・ゴッホ=ボンゲル」ゴッホの弟の妻

ゴッホを支えた人といえば、弟のテオが有名です。

テオとゴッホはとても仲が良く、ゴッホの精神面だけでなく経済的にも支えてきました。

テオはゴッホがこの世を去ってから、あとを追うようにこの世を去ります。

ゴッホは、生前に売れた絵はたった1枚だったので財産はもちろんありません。

残されたものはゴッホが描いた作品だけです。

テオの妻ヨハンナは、ゴッホの作品を引き継ぎました。

普通ならば、少しでもお金を集めるために二束三文でも絵を売り払ってしまうでしょう。

しかし、ヨハンナは絵を売らずに生活費は自分が働いて稼ぎました。

作品をできるだけまとめて手元に残し、まとめて展示をすることでゴッホの名前を広く知らしめようとしたのです。

テオのもとには、ゴッホからの手紙がたくさん届いていました。

ヨハンナは、それらの手紙を「書簡全集」にまとめ、作品が有名になったのちに発表する計画もたてました。

この計画は大成功をおさめ、ゴッホの作品とともにゴッホの芸術に対する思いを広く伝えることができました。

ヨハンナのおかげでゴッホは有名になれたと言っても過言ではないでしょう。

ヨハンナは、手紙を読むうちにゴッホとテオの絆の強さにも気がつき、離れ離れになっていたテオのお墓をゴッホと同じ場所に移します。

ゴッホの人生は悲しく寂しいと思われているかもしれません。

経済的にも恵まれず、作品の価値が認められたのはずっと後のことです。

しかし、絵を描き続けられたのはテオだけでなくヨハンナの理解があったからです。

そしてゴッホの作品が世に出て価値が認められたのは、ヨハンナの努力があったからです。

ゴッホの人生と作品は、悲しくも寂しくもなく、テオとヨハンナの優しさに支えられた人生だったのではないでしょうか。




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