「これは絵に関係あるの?」「こんなことやってもいいの?」と思うような面白い課題が美術大学にはあります。
一見、美術とはつながりがない課題のように思えますが、実は隠れた大切な目的があるのです。
今回は、美術大学で実際に行われている「面白いけれど大切な目的が隠されている課題」を紹介しましょう。
みんな注目! エッグドロップって何?
美術大学の製図の授業では「エッグドロップ」という課題があります。
生卵をキャンパスの3階から落下させて割れなければ成功という簡単なルールです。
卵はそのまま落とすのではなく、ケント紙を使って生卵が割れずに着地できる作品を制作します。
使っていい材料はケント紙のみです。
スポンジや固いダンボールは使ってはいけません。ひとりひとつずつ作品を作り、クラス全員の目の前でひとりずつ作品を落下させます。
落とされた卵が割れているかの判断は教授が行いますが、教授が確認をする前に、ベチャッと派手に卵の中身が飛び出すこともよくあることです。
みんなの前で成功することもあれば失敗することもある精神的にも厳しい課題でしょう。
「エッグドロップ」の目的は「いかに割れない作品を作るか」だけではありません。
落下実験の前には、みんなの前で作品のプレゼンテーションを行います。
「どういうカラクリで衝撃を和らげるのか」「見た目へのこだわり」など自分の作品をわかりやすく魅力的に伝える目的もあるのです。
自信満々にプレゼンテーションをしても実際に落下させたらパッカリと割れてしまうかもしれません。
それでも「自分の作品に自信をもってプレゼンテーションする度胸」を鍛えます。
羽をつけて空気抵抗を利用する作品や衝撃を吸収させる構造を利用した作品など、次から次へと落下していく作品をみんなで眺めます。
残念ながら割れてしまい、汚れた作品を手にして帰ってきた友達をあたたかく迎えます。
「エッグドロップ」は、多く制作活動をする上で必要となる「仲間を大切にする気持ち」も学べる課題です。
できるの?できないの?「赤と緑をまぜて黒を作れ」
「赤と緑を混ぜると黒になる」といわれています。
これを絵の具でやりなさいという課題が美術大学にはあります。
右端に緑色を塗り、左端に赤色を塗ります。
少しずつ混ぜて、中心が黒色になるようにグラデーションを作って提出です。
筆者が大学入学後初めての授業で出された課題です。
とても簡単なようですが、実は「真っ黒」にはなりません。
理論上は赤と緑をまぜれば黒になりますが、絵の具は化学物質を使って作られたものなので、真っ黒ではなく黒に近い灰色のような茶色になります。
学生は、初めての課題ということもあり、きれいな黒色を作ろうと何度もチャレンジします。
提出日には、黒板に全員分がはりだされました。
明らかに緑が勝っている色、黒を混ぜてむりやり黒色にした人もいます。
この課題の目的は「黒色が作れれば優秀」というわけではありません。
作れるはずがない黒色にどれだけ一生懸命に取り組んだかがポイントです。
作品を制作するときにはゴールを自分で決めなければなりません。
求めるレベルが高ければ高いほど時間も手間もかかります。
しかし、その根性とこだわりがなければいつまでたっても満足できる作品をつくることはできないのです。
この課題の目的は、これから必要とされる美術大学での根性試しだったのかもしれません。
伝える! 感じる! ブラインドウォークを行う
「ブラインドウォーク」は、デザイン専攻の1年生が入学してまもなく行う課題です。
二人一組になり、ひとりが目隠しをした状態でもうひとりが手を引いてキャンパス内を探検します。
視覚を使えないようにして、耳と手からの情報だけで歩きます。
案内係の学生は、相棒の手をひきながら必死に言葉で伝えます。
入学して間もないため、信頼関係も築けていません。相手が自分の言葉をどのように理解する性格なのかわからない状態で必死に伝えるのです。
これこそが「ブラインドウォーク」の目的です。デザインは、人と人とのコミュニケーションのツールです。
トイレの標識のデザインは、相手にトイレの方向を伝えるためにデザインされています。
ユニバーサルデザインは、使う人を選ばずにみんなが使えるデザインです。
さまざまな人の立場になってデザインをすることが「良いデザイン」をするためにはとても大切になります。
「ブラインドウォーク」が終わると、「あの説明がよかった」「壁の質感が変わったからわかった」と言葉で伝えあいます。
デザインの基礎となる「伝える」を体感できる課題です。
まとめ
美術大学では、入学直後からひたすら絵を描いているイメージがあるかもしれません。
しかし、美術大学では「モノをつくる」ために必要な基礎や心を学びます。
入学当初は「ふつう」の髪型や服装だった学生も数カ月たてば個性を発揮します。
そして「ふつう」という言葉を嫌うようになるのです。
美術は技術ではありません。
感性を磨き、生涯ものづくりを続ける芯をつくる場が美術大学なのではないでしょうか。