日本の水墨画や浮世絵などの日本の美術作品には「まじめ」というイメージがないでしょうか。
水墨画に描かれる風景は忠実に描かれ、登場する人物や動物の多くは写実的に描かれています。
しかし中には「これはまじめに描いた作品? 」と思うようなユーモラスな作品やかわいい動物が登場している作品もあるのです。
この記事では、思わず「これ、かわいい」と言ってしまう動物が描かれている美術作品を紹介します。
キャラクターみたいな子犬!「光琳画譜・仔犬」中村芳中
中村芳中は、江戸時代に大阪で活躍した絵師です。
尾形光琳を意識して作られた作品集「光琳画譜」を制作したことで有名になりました。
得意な技は「たらし込み」です。
「たらし込み」は絵の具をにじませる技法でやわらかな雰囲気が特徴です。
中村芳中の作品は、丸みがあり、なにを描いてもかわいらしさを感じさせます。
中でも「光琳画譜・仔犬」に描かれている子犬は、すべてが丸く、笑っているような表情やひょうきんな表情、子犬の背中に頭をのせてうとうと眠っている子犬と子犬のかわいらしさがあふれています。
シンプルな線と色数ですが、デザインされたように洗練された味わいがあります。
今でも戌年には、中村芳中が描いた子犬をモチーフとした付箋が付録になったり、グッズになったりしています。
笑っている!「猿猴図」狩野山雪
狩野山雪は、京都で活躍した絵師です。
優れた筆の使い方で有名ですが、一方では「猿猴図」のような、かわいい動物の作品もあります。
「猿猴図」に描かれた猿は、一見猿なのかナマケモノなのかわからない動物ですが、これは中国の故事に登場する猿です。
「ある一匹の猿が水にうつった月を取ろうとして水の中に落ちて溺れてしまった」という故事で、意味は「自分の力以上のことをやると失敗する」という意味です。
よく絵をみると、猿の下には水が描かれています。
描かれている猿はテナガザルです。
テナガザルは、長谷川等伯も好んで描いたモチーフです。
日本の水墨画に描かれる猿は、中国の僧だった牧谿が描いた猿がもとになっているといわれています。
牧谿は、優れた水墨画家で日本の水墨画にも影響を与えました。
描く人が変わると同じテナガザルでも全く印象が変わります。
長谷川等伯の猿は「松林図」を思わせる濃淡をいかした猿で、牧谿の猿は水墨画の正当な猿です。
かわいい動物でいえば狩野山雪が一番でしょう。
こわくない虎!「龍虎図屏風」雪村
雪村は、尾形光琳が憧れた画家です。尾形光琳の作品には雪村の構図を意識したものが多くみられます。
雪舟の弟子が雪村と思われることがありますが、雪舟と雪村は年齢が70歳ほど離れているため、師弟関係があったとは考えられないでしょう。
雪村は、いつ生まれていつこの世を去ったのかはっきりとわかっていません。
室町時代に活躍した水墨画家ですが、茨城で生まれ絵は寺で学びました。
雪村も「猿猴図」を描いています。
雪村が描く猿は動きがあり、物語の一部を切り取ったかのようなストーリーを感じます。
とくに「猿と蟹図」は猿の表情が豊かでマンガのようなユーモアもある作品です。
雪村が描くすべての動物は表情にユーモアがあります。
「龍虎図屏風」は龍と虎が描かれていますが、どちらもこわくありません。
こわいどころか、虎の表情と姿は虎というよりも大きな猫のようなかわいさがあります。
雪村は、周継という名前の僧侶でした。
誰かがケンカをしたり、子どもが泣いていたりしているときには絵を描いてその場をおさめたと言われています。
雪村のユーモアある作品は、人々の心を穏やかにする目的があったのではないでしょうか。
きもかわいい!「金魚づくし」歌川国芳
歌川国芳は浮世絵師です。
人物を描くイメージがありますが、金魚をモチーフにしたユーモアたっぷりのシリーズがあります。
国芳は動物を得意としていた絵師です。
擬人化された金魚は、酒を飲んだり踊ったりしています。
ヒレの動きは見事で、小さな金魚をおんぶしたり三味線を弾いたりしています。
金魚は江戸時代の庶民が飼っていた身近なペットでした。
身近なペットを擬人化することで人気が出たのではないでしょうか。
中村芳中や狩野山雪のようなマンガらしいかわいさとは違い、リアルな金魚は今で言う「きもかわいい」に近いのかもしれません。
表情が乏しいはずの金魚を怒らせたりおびえさせたりする画力は国芳ならではではないでしょうか。
「金魚づくし」シリーズは、背景の青色と金魚の赤色のコントラストが美しく、現代でもインテリアやグッズになるほどの人気シリーズです。
浮世絵といえば葛飾北斎です。葛飾北斎も動物を描いています。
猿も子犬も描いていますが、どれも写実的で、かわいらしさよりも写実的な画力に圧倒されます。
おわりに
水墨画や浮世絵にもあった、かわいい動物の絵について紹介しました。
水墨画や浮世絵のような昔の日本の美術作品は「難しい」や「まじめ」と思われがちです。
しかし、時代に関係なく「かわいい」は日本独自の文化としてあったものなのかもしれません。
見方や知識にとらわれず「これ、かわいい」という見方も楽しいのではないでしょうか。